動物と暮らすということ

以前もブログで書いたが、愛犬タビは、東京で散歩をすると、行きは元気はつらつだが、帰り道には牛歩になる。牛歩でよたよた歩いていると、「何歳くらいですか?」と、しばしば声をかけられる。
「13才になります」
「そう・・・。うちでも、犬を飼っていたんですけど・・・」
声をかけてくださる方は、たいてい、犬を見送ったご経験のある方々だ。よたよた歩く老犬の姿に、昔のご自分の愛犬の姿を重ねているのがよくわかる。そしてそれぞれの経験をしみじみ語ってくださる。闘病の様子だったり、痴呆の状態の様子だったりするが、最後には、亡くなるときのことをゆっくりと話してくださる。
今朝は、痴呆の愛犬を看取った方が声をかけてくださった。
「どの子も、いろんな理由で遠い世界へ行ってしまうのでしょうけれど・・・、最後は、かわいそうでした。白内障で目も見えなくなって、耳も聞こえなくなって、立ち上がることもできないのに、前足だけで支えてぐるぐる回ってて。昼夜も逆転しちゃって、けっこう大変でした。病院へ行っても、精神安定剤を出されるだけで。ときどき抱っこして、この近所を歩いたんですよ・・・」
よたよた近づいていくタビの頭をなでて、「がんばってね」と、励ましてくれていた。
先日は、「うちの子と似ていて、懐かしくて・・・」と、近づいてきてくれた方がいた。その日は、ちょうど亡くなった犬の命日だそうで、ドアを開けたら、タビと私が歩いていたのだそうだ。タビの身体を撫でながら、
「犬を触ったのは、十年ぶりです。ああ、ほんとうに懐かしい。もう触れないと思っていました」
泣きそうになっているので、
「抱っこしてもいいですよ」
と言うと、「ほんとうですか?」と嬉しそうに目を輝かせて、タビの身体を、両腕でとても優しく抱きしめていた。
タビと歩いていると、こうした心の奥深くが動かされるような出来事にたくさん出会う。それぞれの方々の愛犬との思い出を聞く度、あたたかく優しい気持ちに満たされる。愛犬を看取った方々は、みな、その子との思い出をとてもとても大切にしている。動物と暮らすということは、いずれはその子を看取っていくことでもあるが、その子は、飼い主に対して、誰も奪うことのできないかけがえのない宝物を残して旅立っていくのだ。