キノコ収穫

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リコボウと呼ばれる地元のキノコ。出るのを心待ちにしていたのよ。これを私は死ぬほど食べる。山の恵みは下処理に手間がかかるけれど、そんなことは厭わないくらい、とにかく美味しい。ナメコに似たぬめりと、独特の歯触りと旨みを思う存分堪能できるのは、自分で採って手間をかけてこそだ。写真の3倍以上の量を収穫。塩漬けにしたり、軽く味付けしたものを冷凍にしたりして年間を通して楽しむ。今日は、カラカサ茸とタマゴ茸も収穫。

この時期からは、採ってきたキノコを毎日食べ続ける。
春には、やはり収穫した山菜を毎日食べ続ける。その辺に生えている山野草もほぼ毎日おかずにする。食べ過ぎかもしれないけど、山菜キノコは止まらないのよ。山菜狩りの時もキノコ狩りの時も、肩のあたりでシャクトリ虫が伸び縮みしていたり、蜘蛛が髪の毛に絡んだりする。一匹二匹じゃないよ。なので、虫が嫌いな人には、山は不向き。室内にも虫は入ってくるし。そんなことが平気な人でないと、山の生活は楽しくないと思う。

山の恵みだけを食べるという食生活をしばらく続けていると、食べたくなるものがある。
獣の肉だ(笑)。
ここからが今日の本題。

どうも私は一種の人体実験をしたみたいだ。春と秋に、本能に任せたまま、こうした山の恵みとナッツなどの木の実を主食にしていたところ、しばらくすると、本能が肉を欲することがわかったのだ。つまり無意識のうちに、縄文人のような食生活をしていたら、動物の肉を欲するという狩猟の本能が芽生えるのを覚えたというわけ。
このブログ名も変えるべきか・・・。どうも、こちらへ引っ越してきてから、「野生児の縄文人生活」みたいな内容が増えてきた。自分の中に、遠い遠い野生の記憶が潜んでいる。それを呼び覚ましたのは、食だ。本能優位では、狩猟に行くことはごく自然な流れだということも自ずとわかる。この意識と生体の反応はすごく面白い。
そうすると、肉や魚を売っているスーパーは、現代の「狩猟場」なのだな。
あれ、言葉づかいが男になってる。
戻らねば。