東日本大震災・福島

東日本大震災から3年

3月11日は、出来るだけ福島で過ごしたいと思っている。

あの日から3年が経っただけだ。
被災地では、あの震災を踏ん張って乗り越えた人が翌年に突然死してしまったり、思いもよらぬ病気を発症したり、やはり翌年に精神のバランスを崩してしまい未だ回復出来ていない、というような話は、珍しくない。
被災地に留まらずに避難した方の間でも、同じことが起きている。私が知っているだけでも、かなりの数だ。その事実を身近で見聞きする度、あのときの衝撃は、人の心と体を深部から破壊するほどのものだったのだと改めて思い、身が震える。

大震災は、そうした衝撃と共に襲いかかってくる。心身への影響は、震災直後ではなく、遅れてやってくる。
震災は続いている。

日本にいる以上、東日本大震災で起きたことは、けっして他人事にはなり得ない。

2011.3.08 原発事故前の白樺

てんしらかば 1.jpg
2011年3月8日に、セラピールームのある庭で撮影した白樺です。この時の澄みきった空気は、もう二度と戻ってきません。
私にはこの白樺が、雲を羽みたいにまとった天使か、大空に向かって千手をのばした千手観音のように神々しく感じられて、感動して何枚も夢中で写真を撮りました。いろいろあって完成が延期になっている瞑想誘導CDのジャケット写真にしたいと思っていました。
直後に、東日本大震災が起こり、原発事故が起こり、多くの方が亡くなりました。この写真をアップするのをずっとためらってきたのは、そうした事実と写真を結びつけて考えたくなかったからです。
でも、震災後、一年半以上経ってこの写真を見ると、なんだか涙が出てきます・・・。
今年の秋に、近所でキノコ狩りをし、うどんに入れて友達と食べました。下の写真です。その翌日、このキノコから基準値超えのセシウムが検出されたと知りました。長野県の八ヶ岳でさえ、もう当分、野生のキノコは食べられません。軽井沢では、鹿肉等の野生動物の肉から、やはり基準値超えのセシウムが検出されています。

 きのこ セシウム検出.jpg
今朝、八ヶ岳では初雪が降りました。夕方には溶けましたが、これからお車でお越し方は、冬タイヤでいらしてくださいね。
とっても珍しく! 近影を載せてバイバイしますね(笑)
ごぶさたしているクライアント様、どうかお元気でいてくださいね。
近影.jpg 

福島のドキュメンタリー映画上映会のお知らせ

原発事故後の福島に住む方々を取材したドキュメンタリー『普通の生活』上映会のお知らせです。
日時: 9月25日 18時~20時45分
場所: 福島県郡山市中央図書館 3階 視聴覚ホール
無料です。
郡山市中央図書館のHPにも掲載されていませんが、上映会主催者が私の友人です。私も行きます。
お近くの方は、ぜひ足をお運びください。貴重なフィルムです。
youtube に短い予告篇があります。
http://www.youtube.com/watch?v=8DoL-GLF–0
こちらもご覧ください
http://www.youtube.com/watch?v=OoNHMAT0f1o&feature=related

日常

10月上旬に、八ヶ岳でヒプノセラピーの日程を予定しています。はっきり決まりましたら、改めてお知らせしますね。
今年の夏は、ほとんど福島滞在です。前回八ヶ岳に戻った時は、福島が34℃だったのに比べ、八ヶ岳は24℃でした。10℃違うところを行ったり来たりしていると、さすがに体調を崩しやすくなりますが、私は意地でも崩しません(笑)。
福島の実家では、あの8月の気が狂ったような暑さの中でも、まったくと言っていいほど、冷房をつけずに過ごしました。朝晩には、窓から涼しい風が入るので、多少の寝苦しさはあるものの、過ごせるのです。が、放射能も入ってきます。窓をあけているので、線量は家の中でも外と同じて゜す。
福島にいない人で、放射能の恐怖を持っている人は、なぜ窓を閉めて冷房だけにしないのか、と不思議がるでしょう。
でも、それは、福島にいないから、ここでずっと暮らさないから、言えることです。
自然の風の心地よさや虫の鳴き声は、変わっていません。空気という最も大切なものが変わってしまったからこそ、変わらないものの大切さを、刹那刹那に感じたいと思うのです。たぶん、これは人の本能なのでしょう。
線量の心配をしなくてもいい場所にいて、理想論を言い、経済的な痛みすら負わずに何かを批判したり決めつけたりすることは、たやすいです。でも、そこに暮らす人の本音を理解したいのなら、せめて一年間はその環境に身を置き、身銭を削って生活をし、自分の心と体と五感を使うべきだと思います。その後でも、はたして同じことが言えるかどうか・・・・・・。
昨日、雨が降りました。線量は、毎時0.27マイクロシーベルトでした。晴れている時よりも、確実に線量が上がります。これは、何を意味するのでしょうか。

夏休み情報・主に福島県在住の子どものためにできること


7月6日付けの信濃毎日新聞ウェブ版からです。
福島県在住、および放射能による「汚染状況重点調査地域」在住で、中学生以下のお子さまをお持ちの方むけの情報です。
以下に転載します。
福島の家族などへの県有2施設提供 予約殺到、昨年度の2倍超 07月06日(金)

 
 

 東京電力福島第1原発事故の影響が残る福島県などの中学生以下の子どもがいる家族を対象に長野県が夏休みの間、県有施設を無料で提供する事業の宿泊予約が殺到している。県が受け付けを始めた今月2日から5日までの4日間の予約状況は、既に昨年夏の利用実績の2倍余の43件。新聞報道などで福島県民に広く情報が提供できたためとみられる。
 長野県は今月21日~8月26日、県職員センター(長野市)と県総合教育センター(塩尻市)の2カ所を1家族につき4泊5日まで提供(食費は自己負担)。昨年度もほぼ同じ期間、同じ場所を提供。昨年度は利用者を福島県だけにしていたが、本年度は、同県内の他、国が放射能汚染の恐れがあるとして除染している「汚染状況重点調査地域」に指定されている茨城、千葉など7県63市町村にも対象を拡大している。
 長野県危機管理防災課によると、5日現在の予約は、県職員センターは29世帯130人(うち子ども69人)、県総合教育センターが14世帯61人(同32人)の延べ43世帯、191人。居住地別では福島県42世帯、千葉県1世帯で、連泊が目立つ。昨年度の利用は21世帯71人だった。
 市民団体「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」(福島市)の吉野裕之世話人(46)は、予約が増えている背景に「福島では、避難したくてもできない家庭や、子どもが外で遊べない状況が続いている」と説明。子どもたちが取り込んだ放射性セシウムの体外排出を促すためにも放射能の影響の低い地域で過ごすことは重要―とした上で「施設が無料となるのはありがたい」と話す。
 期間中、既に利用できない日も出始めており、長野県は早めの予約を呼び掛けている。問い合わせと申し込みは県危機管理防災課(電話026・235・7407、平日の午前9時~午後5時)
信濃毎日新聞
http://www.shinmai.co.jp/news/20120706/KT120705FTI090022000.php


お彼岸と東電からの賠償金お知らせについて

東日本大震災から一年が過ぎ、またお彼岸が巡ってきました。亡くなられた方々に、心から合掌いたします。
3.11は、あちらこちらで慰霊の行事等が催されていました。
中には、ただのお祭りイベントになっているものも結構あったので、それを知ると、「なんだかなあ」と、複雑な気持ちでしたね。絆ということばも、スローガンみたいに高々と掲げられると、絆とはほど遠い差別的状況も見聞きしているだけに、なんだか白々しく感じますし・・・。
一年という時間は、大切な人たちや動物たちや家等を亡くした人にとって、心の整理をするには短すぎる時間です。苦しい気持ちを置き去りにしたまま未来へ進むなんて、厳しいことだと思います。心にふたをするようにして置き去りにした感情ほど、その人の人生を左右する負のエネルギーになり得るものだからです。
震災後、年賀状のやりとりは続いているものの、30年間くらい会っていなかった高校時代や中学時代の福島の友人たちに会う機会を作っています。何十年も会っていなくても、話もしていなくても、本音で話してくれるのは、共に学生時代を福島で過ごした時間があるおかげです。
私は去年の3.11の地震発生の時には、長野県内のスーパーで買い出し中でした。そこでは、ほとんど地震の揺れを感じませんでした。あちらこちらに寄りながらたくさん買い物をして家に戻ってきて、福島の実家と東京の友人から届いたメールに異常さを覚え、テレビをつけてはじめて、震災があったことを知りました。
3月10日に長野(八ヶ岳)での予定を入れていたため、それまで滞在していた福島の実家から長野へと戻ってきたばかりだったのです。あの予定を入れていなければ、私は家族と共に福島にいたはずです。
買い出しをしてきたので、それから一カ月は、どこにも買い物にいかずに過ごせました。あの頃は、長野県内ですらも、ガソリンも食料品も何もかも、なくなっていたのです。
何十年ぶりに話をした友人たちのみならず、周りの状況を見回してみると、日にちが経つにつれて、福島県民はほかの被災地とは異なる苦しみを何重も抱えるようになっています。
先日、郡山市内にある仮設住宅へお伺いする機会がありました。そこで暮らす方々も、お世話をするスタッフの方々も、ずっと重く苦しいものがどっしりと胸につかえたままであることを自覚しながらも、それをどうやって吐き出せばよいのか、どんなふうに気持ちを整理すればよいのかわからないままです。
福島で生きることを決めた方々も、避難することを決めた方々も、福島県民にしかわからない苦しみを抱えています。
線量が高いのになぜいるのかと問われても、親の面倒や仕事の関係や経済的なことから、避難したくても避難できない方が大勢います。故郷のために何かをしたいから、あえて福島で生きることを選ぶ人もいます。若い人の中には、「自分は命が短くてもいい。福島に残って福島の人の役に立ちたい」という意志を持っている人もいます。一方、避難したことで、後ろめたさを負う人もいるのです。
子供たちは将来結婚できるのか。差別されるのではないか。そんな心配も親御さんは持っています。こうした様々な問題は、心の問題、生き方の問題、価値観や経済的問題と複雑に絡み合っているため、また折を見て、書こうと思います。
さて、以下の写真は、実家に届いた東電からの賠償金の案内パンフです。私は長野県在住なので部外者です。
どうしてこれを載せたかというと、一言でいうと、このパンフがとても不親切だから。
自主的避難をした人でなければ、賠償金は支払ってもらえないと勘違いしたお年寄りが、かなりいらっしゃると聞きました。
賠償対象が自主的避難対象区域に住居があった方、と図で示されているものの、そもそも自分の住んでいるところがそんな呼び方でくくられていたのを知っていた方は、あんまりいないのではないでしょうか。また、「賠償対象となる損害」の項目は、まるで自主的避難をした人だけに対して書いているようですし、避難せずにいた人に対しては、賠償はこんなにも条件つきです、といっている感じです。
避難していないし放射能によるストレス等で医者にもかかっていないから、自分は対象じゃないと勘違いして書類を捨ててしまった人もいると聞いています。
支払いたくないからこんなにわかりにくい書き方をするのではないかと言われても仕方ないですよ。
わかりやすく書くべきだと思います。
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東電福島第一原発事故ドキュメンタリーフィルム (BBC film on Fukushima)

http://www.youtube.com/watch?v=IwBELPtVUCA
Inside the meltdown.
BBC制作。東京電力福島第一原子力発電所事故ドキュメンタリーフィルム。
日本のこと、原発事故のことをよく見て、真実を伝えようとするのは、海外のメディア。事故直後からそうだ。
日本の大手報道機関から、権力に毒されていない真実を知らせてほしいと願っても、常にどこかで裏切られてきた。
何も今回の原発事故に限らない。
次にまた大きな地震が来ると、とりわけ福島第1原子力発電所の4号機が恐ろしい状況に陥るのではないか。
BBC製作のこのフィルムを見ながら、福島にいる大切な人たちや出会った方々のお顔が次々に浮かんだ。
福島にはたくさんの人が住んでいる。私も、3.11以後、福島県に長く滞在したいと願うようになり、それを実践している。
福島は、故郷でもあり、大事な場所だから。
フィルムを見ていると、やり場のない憤り、悔しさ、悲しみがこみあげてくる。

慎重に、大胆に。郡山(福島県)で。

郡山に来ています。2月3日に、セラピールームのある長野県南牧村でマイナス26℃を記録したそうです。そのときは既に郡山に来ていたので、残念ながら(?)-26℃は体感できず。それを知らない友人から、「生きているか~!!??」と絶叫メールが届きまして(笑)、そこにはいないと言ったら、残念がられました。あはは。-20℃までは体験済みです。-12℃あたりを越えると、-20℃も同じだったので、-26℃も、あまり変わらないべなー(福島弁)。
そんな八ヶ岳と比べたら、郡山は南国です。熱帯です。郡山でのセラピー場所をどうするかとあれこれ考えを巡らせている最中です。一番いいのは、最低、車2台分は駐車できるような土地を買って、小さな気持ちのいいセラピールームを作ることなんだなー。それができたら、いっちばんいい。催し物も開けるスペースにもなり、クライアント様たちが集える場所にもなるし。問題は、購入資金と、まだ原発事故の影響下にあり、今後もあり続ける場所で、セラピールームを建設することで背負うであろう様々なリスクです。はじめから採算は考慮外です。というか、採算が取れないのをわかった上で、リスクを背負う覚悟ができるかどうかを、自問自答しているといったほうが正しいね~。
ただ、もう、人生80年としたら半分はゆうに越えているわけだし、この先、私の感覚としたら日本中どこにいようと、リスクの種類は多少違っても、福島と同等かそれ以上のリスクはあるので、焦点をあてるべきは、自分が何をして後悔するのか、何をしないで後悔するのか、ということを、しっかり見極めることかなと思っています。
生き方は、選べる。
結論はまだ出ませんが、慎重に大胆に考えます。
とにかく今年は宝くじを買います。(落ちはそこか?!)

原発「国民投票」に向けて

昨日、八ヶ岳に戻りました。お年賀状をくださったたくさんのクライアントの皆様、ありがとうございました。
寒中お見舞いとして返礼いたします。しばしお待ちくださいませ。
セラピールームは3月まで冬眠の予定です。お知らせ等は、このブログに掲載いたします。
さて、原発について。
大都市圏の皆さんはもう無関心になってしまったのでしょうか。大都市圏ばかりではなく、福島から離れた地域では、原発のゲの字も福島のフの字も会話に出ない日常を送っている人が多くなっているのを、感じずにはいられません。それ以外のことで精一杯なのかもしれないけれど、意識の向かう方向の隔たりを感じると、やり場のない憤りや諦めや落胆を覚えずにはいられません。
以下に、アメリカ滞在中に震災と福島第1原発の事故を知り、いてもたってもいられずに帰国した親友のブログ記事を転載します。
私の親友たちは東京で原発の国民投票に関わる署名活動やデモに参加し続けています。海外で暮らした経験のある人は、こうした危機意識が非常に高い。危機意識と想像力の欠如が蔓延している日本と日本人。都内では署名する人があまりにもあまりにも少なすぎること、ほとんど無視して通り過ぎていくのを、親友は肌で感じ、呆然としたそうです。東京より大阪のほうが意識が高いみたい。
こうした大都市圏の住民が参加できる原発反対の国民的活動について大新聞はほとんど取り上げません。なぜ?
まだ、ご存知でない方は、ぜひご一読ください。
カナダの正式な医学雑誌で 原発事故の公衆衛生に関する副次的影響に
  ついての論文が載った。
  その中で、日本政府の被災者たちへの対応を痛烈に批判している。
  http://limitlesslife.wordpress.com/2011/12/25/public-health-fallout-from-japanese-quake/
先日の 畑村原発事故調査委員長の 中間報告も、東電や日本政府の事故に対する
   信じられないような対応の悪さを世界中に知らしめた。
  比較的 静穏を保っていた New York Times がとうとう
  日本政府、東電の 非人道的対応を批判する記事を書き始めた。
  http://www.nytimes.com/2011/12/27/world/asia/report-condemns-japans-response-to-nuclear-accident.html?_r=1&src=tp&smid=fb-share
  この New York Times の記事をそのまま転載した他の国の新聞もあったようで
  アメリカ人以外の友達からも、この記事への感想がわたしのFace Bookには
  寄せられた。
  「信じられない!!」という意見がほとんど。。
  
  日本の大手メディが全く書かなくても
  世界は、日本人が。。。福島の人が非人道的な扱いを受けているのを
  知りつつある。
 
  このような非人道的な対応をする政府の元で 信頼できない電力会社による
  原発運転を 
  日本人はどのように考えているのだろうか?
  
  今後、どのように変えていくのだろうか?
  世界の人々は注目している。
  そして、自分たちの未来を自分たち自身で、決められる唯一の権利、
  直接投票を請求することを みすみす 逃してしまったとしたら
  世界は、日本人という国民をどのような目で見るだろうか?
  都民投票: 2月9日まで。 
  ここで投票できます: http://kokumintohyo.com/branch/archives/91
都民投票についてどれだけ都民が無関心かわかる記事も転載します。
(親友の別日のブログ記事、以下転載)
 
昨日の署名集めの結果
  1時半から4時まで
  武蔵野市  23票
  三鷹市    5票
  杉並区    1票
  その他の市/区 在住者で受任者になってくれた人  11人
  連休の中日で、買い物客が多かったせいか、先日よりかなり行きました。
  しかし、依然として、大半の人は「無視」です。
  一瞥もせず通りすぎる、子供連れにはだいぶ慣れましたが
  本当に、このまま、都民投票失敗すると、
  福島で家を失ったり、高い線量のところへ留まらざる終えない子供たちのことを
  思って悩んでいるお母さんたちに。。
  そして、外国から、日本の原発事故のことを心配してくれている人たちに
  この都民の意識の低さ、被災者に対する無関心をどのように説明すればいいのだろうか?
  と
  気分が暗くなります。。。
  署名しない人にアンケートしてみたい。
  署名しない理由はなんですか?
  1。都民直接投票について知らない。
   (新聞、テレビがほとんど報道しないから)
  2。原発問題に興味があるが、自分のプライバシーを外に出す「署名」と
    いう行為にリスクを感じるからやりたくない。
    (個人情報を利用されるのが怖い)
  3。原発問題について考えたことがない。
    a. 目の前の自分のことで精一杯。
    b. もともと興味がない
  4。忙しいので署名する時間も惜しい。
  5。この先何か起きても、それは運命だからしかたないと思うから
    何もしない。

東日本大震災後、100日

東日本大震災後、を、すぐ隣に感じた人も多いのではないか。被災地の状況を見聞きする毎に、それまで遠くにあって気配すら感じたことのなかったというものの温度を、皮膚感覚で覚えた人もいるだろう。は、いつのまにか、ぴたりと自分の横に座っているものなのだ、と。

 

5月に被災地へ伺ったとき、たくさん写真を撮ってきた。町も、人の営みも、地震と津波でぐしゃぐしゃに破壊され、海から離れた山際まで、見渡すかぎり一面、押し流されてきた瓦礫ばかり累々と横たわっていた。
現地にいる間は、そうした写真をブログにアップしようと、いや、現地へ行った者の責任として、アップしなければならないのではないかと考えていた。が、盛岡で出会った釜石出身のある女性の一言で、気持ちは変わった。

「釜石には、まだ帰っていないんです。見るのが怖い」

故郷が破壊された光景は見たくない。見たら心も壊れそうになる。それが被災地の方の気持ちなのだ。私も郷里の福島で、余震が来たら今にも崩壊しそうな建物群を見たとき同じ思いを持った。

 

岩手の海は、陽を受けて穏やかにきらめいていた。静かな海面と向き合い、浜の一隅にお線香を立てて、亡くなられた方に手を合わせた。足元には、細かく砕けた瓦礫やボロボロの布切れが散乱していた。
被災地へ伺いたかった最大の理由は、どうしても、亡くなられた方に手を合わせてきたかったからだ。そこで暮らしている方から、メディアでは伝えられていない悲惨な状況を聞くと、胸を詰まらせながら合掌することしかできない悔しさも同時に覚えた。
合掌の向こうには、春の海が青く沈黙し広がっていた。

 

私の故郷は福島県の内陸部にある。今も家族はそこで暮らしている。幸い家屋自体に大きな損傷はなかったが、地震直後に撮ったという室内の写真を見ると、凄まじい荒れ方だった。東京の友人が貸してくれたガイガーカウンターで、庭のあちらこちらや、部屋の中の放射線量を計測して回った。自治体が発表している数値よりもやや低めだったが、それでも、庭の空間線量は、だいたい0.91.5マイクロシーベルト/毎時。庭土は、1.322.6マイクロシーベルト/毎時。室内は平均して0.07マイクロシーベルト/毎時だった。(いずれも、512日~16日の間)

 

庭には様々な果実の木が植えられており、狭いが家庭菜園もある。生ゴミで肥料を作り、有機栽培の果実と野菜を育て、収穫して食するのが年老いた家族の趣味でもあり楽しみだった。
何十年も大切にしてきたその楽しみは、放射能によって悲しみに変わった。私が行ったとき、庭ではライラックやブルーベリーの花が美しく咲いていた。それを手折って室内に生けることさえもできない。
梅の実が青々となっても、柿が艶やかに色づいても、唇をかみしめて見上げるだけだ。放射能が降るとは、そういうことなのだ。

福島県内では、農家や酪農家の自殺者も出ている。どれほどの苦しみか・・・。

 

それでも、福島の家族、友人、出会ったクライアント様から、私はたくさん励まされ、勇気をもらった。誰も経験したことのない逆境にいるはずの彼らの、笑顔の強さと他人に対する思いやりを、心の底から感じたからだ。人間という存在を誇りに思う、という感覚をはじめて覚えた気がする。

日本のどこかで、次の大地震が迫っている今、福島を対岸の火事と捉えている人は、もはやいないだろう。いたとしたら、よほどおめでたいか、想像力が欠如しているかだ。

 

震災後、八ヶ岳にセラピーに見える方の相談内容には、ひとつの方向性が顕著だ。

被災地から遠く離れた場所で暮らすクライアント様も、「これからどう生きていけばよいのか」という命題を突きつけられたという。震災によって、を身近に感じたせいだろう。

 

死ぬとき、いや、死んでから、あなたはどんなことを思うのか。前世療法の中では、死んでからどんな後悔をしたかを本人に尋ねる。すると、遺してきた家族の心配や、もっと勇気を出して「~すれば良かった」というように、身近な後悔・心配がほとんどだ。それが本当に大切なことだからだ。

生きていくのに大切にしなければならないことは、本当は、少ない。

クライアント様は、それが今世では何なのかを、自分の心としっかり対峙しなければならない必要性を感じているのだろう。